2曲目=第二章 Gentle Journey


 

「ホーッ! 霧が少し晴れてきたぞ。太陽より早く出られたなフォルテ」

「ミュウ」

アパートの階段をいつも仕事に行く時の3倍ほどの時間をかけて、一段ずつ確かめる様にゆっくりと降りて行く。太陽が出る直前で、まだ薄暗いこともあったが、やはり「徒歩で2週間もの旅に出るんだ」という気持ちがそうさせているのだろう。

「さて、とりあえずあの山をめざして行くぞ」

時間も時間だし、日曜日のせいもあるのだろう。通りにいるのはジローとフォルテだけであった。駅に向う見慣れた商店街を抜け、駅近くの踏切を渡った時、背中から太陽が昇った。

「アハッ、俺達の行く手を照らしてくれたよ。お前達ーー西に行ーくーのーだーー。なーんちゃって」

そしてハッとしたように

「俺達『西』に向ってるよフォルテ」

自分がどの町に向ってるとか、どのビルに向ってるとかじゃなくて、ただ『西』に向ってるって感じられた事が何故か無性に嬉しいジローであった。

「そういえばまだ誰ともすれちがってないなあ」

といいながら西口商店街をしばらく歩いていると、前から犬を連れた人がやって来る。

「あっ、あれは不動産屋のおばちゃんとツナヨシだ」

「フォルテ。仲良しのツナヨシ君だぞ」

「ミュウ、ミュウ」

ペット可の今のアパートを紹介してくれた不動産屋の飼い犬が、もう14歳になるビーグルのツナヨシなのだが、なぜかフォルテとすごく仲がいい。

「あらま、ジロー君じゃない。朝の散歩で会うなんて初めてかねえ」

もうフォルテは肩から飛び下りてツナヨシとジャレついている。

「そうですね、夕方しか会った事ないですね」

「こんな朝早くにどうしたの?」

「ええ。少し長い休みが取れたんで、歩いて旅をしてみようと」

「あらそう。何処まで行くの?」

「さあ、決めて無いんです。2週間で戻ってきます」

「へええ、何処行くかわかんないのに、歩いて。なんとご苦労なことだねえ。私なんかツナヨシを20分ほど散歩に連れてくだけでたくさんだけどねえ」

「あははっ、一日でめげなきゃいいんですけどね。じゃあぼちぼち行きます」

「まあ気をつけてね」

ジローが肩をポンポンと叩くとツナヨシとじゃれていたフォルテが「もう行くの?」という顔をしながらも肩に駆け上がった。

「じゃおばさん又」

歩き始めたジローの後ろの方で

「ジローくーん。土産なんかいいからねえーー」

「ミュウ?」

 

商店街を過ぎ、まだ動きだしていない静かな住宅街に入る。この辺りになると歩きで来たことは一度もなく、同じ町とは思えないほど新鮮な感じがする。国道が北へカーブしているので真直ぐ『西』へ向っている県道に入る。歩道がかなり狭くなったし、周りの建物もまばらになってきた。

「左へ行くと狭山湖、ユネスコ村か。俺達は真直ぐ『西』だよな」

さらに1時間ほど歩く。うちを出てからすでに2時間が経とうとしている。

「ぼちぼち休憩するかフォルテ」

「ミュウ」

「あそこに小さな神社がある。よし、休憩」

気分が昂揚しているせいか、さほど疲れた感じはしなかったが、ずっと肩に掴まっているフォルテを休ませようと境内に入って行った。木の切り株を利用したベンチに腰掛け、バックからペットボトルの水を取り出してフォルテ用のカップに入れてやる。境内にたくさんいる雀を目で追っていたフォルテがうまそうにピチャピチャと音をさせて飲み始めた。突然ビクッとしてフォルテが後ろを振り返り近くの樹をジッと見上げた。

「どうしたフォルテ。なにかいるのか?」

と言いながらそちらに目をやる。

「なんだカラスか。しかしまたずいぶんデカいカラスだなあ」

「アッアーー、アッアーー」

「ありゃま、こいつカッコウの鳴きまねしてるよ」

「ミュウウウウウウ」

「大丈夫だよフォルテ。なにもしやしないよ。はやく水飲んじゃいな」

しかしフォルテはまだジッとそのカラスを睨んでいる。

「水もういいのか?じゃあ出発するぞ」

「アッアーー、アッアーー」

境内から出て行くジロー達を見つめていたカラスの眼が赤く光るのを見たのは後ろを振り返っていたフォルテだけであった。

 

県道が青梅街道に合流したあたりでちょうど昼になった。フォルテは肩に掴まっているのに疲れたのか、デイパックに入ってウトウトしているようだ。

「腹減ったあ。メシにしょう」

しばらく行くといい感じの蕎麦屋があったので入ることにした。

「フォルテ、起きてるか?俺は飯食うからそこでおとなしくしてるんだぞ」

「ミュウ」

 

午後2時には青梅の町を抜けようとしていた。大学の山岳部で鍛えた健脚ということもあったが、フォルテとの散歩がものをいってるのだろう。ジローの歩くスピードはまだまだ衰えていないようだ。また肩に戻っていたフォルテにむかって

「奥多摩に行く道だよ。車で何度か走った事がある」

「この調子で行けば御岳あたりの旅館で泊まる感じかな」

「ミュウ」

「疲れただろう、またデイパックに入って寝てな」

そう言って片手を後ろにまわしチャックを少し開けてやる。待ってましたとばかり、もぐり込んだフォルテは衣類のクッションが気持ちいいのだろう、満足げに

「ミュウウウ」

 

4時を少し過ぎたころ、御岳渓谷の小さな、しかしよく手入れの行き届いた旅館の前に到着した。

「いいかフォルテ、部屋に入るまで、その中で静かにしてるんだぞ。絶対鳴いちゃ駄目だぞ」

「ミュ....」

「すいませーん」

「はーい、あっ、いらっしゃいませ」

「あのー、予約してないんですが、今晩泊れるでしょうか?」

「お一人様ですか?」

「えっ、ええ」

「ミャアアウ」

「げっ!」

一瞬ドキッとしたジローだったが、どうも鳴き声が違う。横を見ると大きな三毛猫が受け付けのドアの前でこちらを見ている。

「ああ、猫がいるんですか」

「ええ、うちの看板猫なんですよ。お客さま猫はお嫌いですか?客室には絶対行かないように躾けてますが」

「いっ、いえ。大好きです。あのー実は」

ジローが打ち明けていきさつやトイレの躾も大丈夫ということを話すと、女将さんは

「承知しました。今日は他にどなたもお泊まりになりません。安心しておくつろぎ下さい」

「ありがとうございます。フォルテ、もう顔だしていいぞ」

「ミュウ」

と鳴きながらデイパックから頭を覗かせると、看板猫がびっくりして

「ミャアアウ」

 

風呂と食事を済ませ、ごろんと布団に寝っころがると、さすがに疲れたのであろう、どっと睡魔が押し寄せてきた。

「あっ、もうだめ。寝よう寝ようフォルテ」

電気を消すと数秒で寝息をたて始めるジローであった。その枕元で横になっていたフォルテがびくっとして窓の方へ行き、障子越しに外を睨みだした。

「アッアーー、アッアーー」

神社にいたカラスだ。ジローは寝息をたてている。暗闇の向こうでこちらを見ている二つの赤い光をフォルテは感じていた。

 

3曲目=第三章 Strange Village に続く 


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