3曲目=第三章 Strange Village (後編)
「あれは楽器の音だぞ。なんの楽器かなあ」
道に迷っていたジローは元気を取り戻し、音のする方向へ早足で歩き出した。音の感じから次のカーブを曲がれば見えるはずだ。ピタッと楽器の音が止んだ。
「頼むよっ、帰っちゃわないでよっ」
ジローは焦って小走りにカーブを曲がった。
「やったあ、人がいたぞフォルテ」
横笛のようなものを口元に当てたままの格好でこちらを向いて少女が立っていた。
「やあ!」
と言って駆け寄ろうとしたジローだが、なんだか様子が変だ。少女の顔は青ざめているし、身体は硬直している。
少女の視線をたどってみてジローはハッとして立ち止まった。少女とジローの中間にモグラをひと回り大きくしたような動物がいる。少女に向って進んでいたその動物がジローの方へ向き直った。口が長細く伸びていて先端に吸盤のようなものが付いている。
「ベシベシ、ベシベシ」
と鳴きながらジローに近付いてくる。その声は凄く小さいのだが不思議なことに耳のすぐそばで鳴いているように聞こえるのだ。
「ベシベシ、ベシベシ」
その向こうで少女が硬直した口を必死に動かし何か言おうとしている。
「ウウ、ウウウ」
ジローは「気味悪いやつだな」と思いながら傍に落ちていた木の枝を拾って身構えた。
「ベシベシ、ベシベシ」
3メートル程の距離に近付いた時、そいつは突然
「ペーン」
と強烈な声を発した。ジローは一瞬全身の筋肉がギュッと収縮するのを感じた、しかし大した事は無く、木の枝を振ってそいつに向って行った。肩から飛び下りたフォルテも横から飛びかかる隙を狙って這うように身構えている。
「ミュウウウウウ」
その動物は明らかに動揺している感じだ。またもや
「ペーン」「ペーン」
と立て続けに強烈な鳴き声を発したが、もう慣れてしまったジローは
「なーにがペーンだ。あっち行け!シッ、シッ」
と言いながら木の枝で追い立てて行く。たまらずその動物は薮の奥に逃げ込んでしまった。
「大丈夫?」
と言いながらジローは少女に近付いて行った。少女はまだ硬直したままだ。
「もうあいつは居ないよ。リラックス、リラーックス」
しかし少女の硬直は溶けない。何かを言おうとしているが口を動かすのが大変なようで
「ウウウ、ウウウウ」
言葉にならない。
「困ったなフォルテ、どうしたもんかなあ」
「ミュウ」
その時、
「ワアアアッ」
硬直の取れた少女がその場に泣き崩れた。
「大丈夫、大丈夫。もうあいつは逃げてったから、大丈夫だよ」
少女が少し落ち着くのを待ってジローは話し始めた。
「なんだったの?あの動物」
「ええっ?ベシじゃない。お兄ちゃん知らないの?」
「ベシ?そういえばベシベシって鳴いてたな」
「恐いんだよあいつ。あのペーンって声聞くと2分ぐらい身体が動かなくなるんだよお」
「ええ?全然動かないの?」
「うん、口もきけないの。そうしておいて足から血を吸うんだよ」
「ははーん。口先に吸盤みたいのがあったね」
「大人はね、貧血起こして2〜3日寝込むぐらいだけど、ユキナはまだ小さいから死んじゃう事もあるってお父さんが言ってたよ」
「ユキナちゃんって言うの?」
「うん。お兄ちゃんは?」
「ジロー。こいつはフォルテ」
「ミュウ」
「でもお兄ちゃん達はベシ用のイヤープラグ付けて無いみたいだけど、どうしてベシの声聞いても動けたの?」
「ベシ用イヤープラグ?」
「あっ、そうだ。お父さんにベシが出たって、すぐ報告しなくちゃ」
そう言うとユキナは左手に付けている腕時計のような物に向って話し始めた。
「お父さん、お父さん」
2、3秒で返事が返ってきた。
「ユキナか、どうした?」
「大変だよお父さん、ベシが出たよ」
「ナニッ、そんな馬鹿な。やつらが出て来るのは3ヶ月も先の筈だぞ」
「うん。でも居たんだよお。恐かったよお」
「よし解った。すぐ村の皆に知らせよう。しかしユキナはもうイヤープラグしてたんだな。よかった、よかった」
「ううん、イヤープラグしてなかったの。危なかったんだよお」
「エエッ?じゃあどうして助かったんだ?」
「うん、ジロー兄ちゃんとフォルテが助けてくれたの」
「ジロー?フォルテ?」
近くの岩に腰掛けていたジローのところにユキナが来て左手を差し出した。
「お父さんがジロー兄ちゃんと話したいって」
「えっ、あっそう」
と言って、
「番号を押すところが無いなあ、お父さんとの専用なのかなあ?へえ画像も出るんだ」
などと思いながらその腕時計携帯電話に向き直った。
「ジローさんですか?」
「あっ、はい」
「娘を助けて頂いて、ほんとにありがとう」
「いっ、いえ、そんな、別に大した事してないですよ」
「いやいや、あなたがベシを追い払ってくれなかったら娘は死んでいたかもしれません。命の恩人です」
「いやあ、助かったのは僕の方です。道に迷ってたんです」
「そういう事でしたら是非、家に寄って頂けませんか」
「あっ、いいんですか、助かります」
「是非是非。じゃあのちほどお会いしましょう。本当にありがとうございました」
「ミュウ」
「あっ、フォルテ君もありがとう」
「ミュ?」
2、3分歩くと少し広い舗装道路に出た。そこにスクーターのような乗り物があったが、タイヤが付いて無いのでジローはスクラップだと思った。
「ジロー兄ちゃん、フォルテ、後ろに乗って」
横笛を肩から下げたバッグにしまい、そのスクーターにまたがったユキナが呼んでいる。
「でも、それタイヤが」と言いかけたが
「はいはい」と言って後ろにまたがった。
「でもユキナちゃんいくつ?運転しちゃまずいんじゃないの?」
「ユキナ先月12になったから、もう乗っていいんだよお」
「ええっ?12才で?」
「行きますよ」
そう言ってユキナがスイッチを入れると、そのスクーターが音も無くスウーと浮き上がった。
「おおっ」
そしてアクセルを回すとまたもや音も無くスウーと動き出したのであった。
「わおおっ」
突然消滅した濃霧、見た事も無い奇妙な動物、そしてこの乗り物。ポツポツと見え始めたログハウスばかりの家々を眺めながら、ジローはなにかモヤモヤしていた事が少しずつクリアーになっていくのを感じていた。
「フォルテ、俺達なんだか凄いことになってるぞ」
「ミュウ」
4曲目=第四章 Welcome Party に続く