4曲目=第四章 Welcome Party (前編)
「ジロー兄ちゃん、ちょうどいい時に来たね」
交差点を左折しながらユキナが言った。
どの交差点にも信号機らしきものはひとつも見当たらなかったが『かなり田舎だからなあ』とはもう考えなくなっているジローであった。実際さっきの交差点でも、右から来た車とすれ違った時、ユキナがブレーキをかけたりした様子は全く無かったが何故かこちらのスピードが落ち、絶妙なタイミングでお互い通り過ぎたのだった。
「今日はお爺ちゃんの80の誕生日で御馳走がたくさんだよお」
村に入ったのだろう、家が増えてきた。音も無く移動するスクーターのリヤシートから周りの景色を眺めながら『もしかして?』と足をつねってみては顔をしかめるジローであった。現状が頭の中で整理されていく度に、ジローの不安は高まって来るのだった。
「ユキナね、そのパーティーで吹く曲を山で秘密練習してたの」
「えっ、ああ、ははあ、お爺ちゃんを驚かそうとしたんだ」
「うん。キャア、フォルテ。びっくりしたよう」
ジローの肩に乗っていたフォルテがユキナの肩に跳び移った。
「へえ、驚いたなあ。こんなに早く慣れたのはユキナちゃんが初めてだよ」
「ええっ、嬉しいなあ。フォルテ落ちないようにね」
「ミュウ」
右折すると道が狭くなり、突き当たりに一軒の、やはりログハウスが見えてきた。父親が連絡したのであろう、家の前に誰かが迎えに出ているようだ。
「お母さんだよ」
と言ってユキナが手を振ると、母のマルカがこちらに向って深々と頭を下げた。スクーターが止まり、地面に降りるより早くマルカが駆けつけて来て
「ジローさんですね、ありがとうございました。ユキナを助けて頂いてほんとにありがとうございました」
と言ってまた深々と頭を下げるのだった。慌ててスクーターから飛び降りたジローもペコリと頭を下げ
「あは、いえあのそんな、僕の方こそ助かったんですよ」
ジローの肩に戻り不思議そうな顔で見つめているフォルテにも
「あなたがフォルテ君ね。あなたもベシを追い払ってくれたんだってね、ありがとう」
「ミュウ?」
「ジロー兄ちゃん、フォルテ、こっちこっち」
ユキナが玄関の戸を開けて呼んでいる。
早めに仕事を切り上げて帰宅したユキナの父親オブリとソファーでお茶を飲みながらジローは、自分自身の気持ちを整理するように、経緯を詳しく話し始めた。
聞き終えたオブリは
「あなたがあのベシの声を聞いても平気だったとユキナから聞いた時、何かイヤープラグに変わる物が開発されたのかと思いましたが、子供達の命に関わるような事がすぐに連絡されない訳が無い。どういう事だろうと考えていたのですが、、、、」
「ええ、なんだかSF映画のような話ですが、やはりあの濃霧の中で一瞬身体が宙に浮いた時、、、こちらの世界に、、」
「そうでしょうね、信じられない出来事ですが、そうとしか考えられないですね」
ジローは不安を振払うように思いきって言ってみた。
「僕は、もとの世界に戻れるんでしょうか?」
「ううーーん。それはー、、、」
窓の近くでユキナと遊んでいたフォルテがジローの不安を感じ取ったのだろうか、膝に乗って来てジッと顔を見つめている。ジローはフォルテの頭を撫でながら
「ごめんごめんフォルテ、お前まで不安になっちゃうよな。大丈夫だよ、俺達とりあえず元気だもんな」
「ミュウ」
その時、通りからオルゴールのような音が聞こえてきた。
「お爺ちゃん達だ」
と言ってユキナが出迎えに行った。
ジローの『えっ、何の音?』という表情に答えるようにオブリが説明した。
「あれは車のクラクションの音ですよ。まあ普通滅多に使わないですが、親父はよく鳴らすんですよ、自分で入れたあの曲が好きでね」
と言ってオブリも立ち上がり玄関へ迎えに行った。その後ろ姿をなんとなく目で追っていたジローの顔が『えっ?』という驚きの表情に変わった。
『今の曲、、、知ってる』
4曲目=第四章 Welcome Party 後編へ続く