9曲目=第九章 Journey Again
「急に貨幣を撤廃して混乱しなかったんですか?」
「もちろんしばらくは大変だったらしい。大混乱じゃよ。なにせ長い間社会や人々はオカネの為に動いていたようなもんじゃからな」
「よく思い切って実行しましたね」
「ああ、その国のリーダー達の家族も深刻な心の病に侵されておったらしい、しかしその大混乱も、わずか半年で犯罪が激減し、1年後には心に病を持つ人も激減したお陰で治まっていったそうじゃ。そして世界中の国が撤廃へと動きだしたんじゃ。」
「僕には全く想像できないんですが、稼がなくてもいいんじゃ、みんな働かなくなるのでは?」
「ああ、しかし人間っていうのは本来働きたいようにできておるらしい。何かをして人に喜ばれると嬉しいもんじゃ。ましてそれがオカネを稼ぐためじゃなくなると余計にな。そして本当に良い食べ物、良い製品、身体に良い材料などを目指すように変わっていったんじゃ。皆が心の落ち着きを取り戻し、地に足を着けて、自分の本当にやりたい事を一生懸命やるようになってな、見る見る人々の人相が穏やかなものに変わって行ったそうじゃ」
「そうですね、こちらの人々はみんな穏やかな顔つきですよね」
「ほう、そうかね。わしはそうじゃろうが婆さんは違うじゃろ」
「まっ、いつもこうなんですよ」
「あはは、そんなことないですよ」
「私も?ジロー兄ちゃん」
「うん、ユキナちゃんも、みんなも。でもそんな事が可能だったんですね」
「ま、どうしようもなく行き詰まって、世界中が出口を求めておったんじゃな」
「資本主義の終わりかあ、、、」
「今を何と言うか、まあ、言わば生き甲斐主義とでも言うかのお」
「それで世の中がうまく動いて行けるんですね」
「やってみたら案外うまくいったんじゃな。テクノロジーの進歩も相当助けになってるようじゃが」
「驚きました。まるでSF映画に入り込んだみたいです。でもどの家もログハウスなのでちょっと奇妙な感じもしますが」
「そう、木の家が人の心を癒す事が解って来たんじゃ」
「でも都会じゃそういう訳にもいかないですよね」
「テクノロジーの進歩で都会というものが必要なくなってな、皆田舎へ散らばって行った。要らないビルは壊され木が植えられたそうじゃ」
「うーーん、この村の人達を見ているとその生き甲斐主義は大成功だったようですね」
「まあ、今の所うまくいっておるようじゃな」
「そのシンヤーって人が書いた本は読めるんでしょうか」
「それじゃあ後で連絡しておこう。今夜にはオブリの家に届くよ」
ジローの飲み物が空になっているのを見て、セーニョが
「もう一杯どうです?」
と訊いた。
「あっ、ありがとうございます。でもそろそろ失礼します。明るいうちにもう少しあちこち見たいので」
「そうですか、ジローさんの世界の話もゆっくり訊きたかったんですけどねえ」
「ああ、よかったら明日にでも又寄ってくだされ」
「はい、また来ます。フォルテ行くぞ」
「ミュ」
コーダの家を探検していたフォルテが駈けて来てジローの肩に飛び乗った。
ユキナのスクーターで村を見て回り、家に戻ったのはまもなく陽が沈もうとしている時だった。
「大丈夫ですか、お疲れになったんじゃ?」
「いえ、すごく楽しかったです。珍しいものばかりで」
「食材にサクがあったのは、ジローさんが選んだんですね、茹でておきましたよ」
「やったあ、美味しいよジロー兄ちゃん。あとね、おじいちゃんに歴史の話してもらったんだよう」
「ええっ?歴史?」
「はい、300年前の大変化の話です」
「ああ、貨幣撤廃の」
「ええ、驚きました。そんな事が出来たなんて」
「おじいちゃん、凄く歴史に詳しいんですよ。丁度よかったですね」
「はい。そうだ、コーダさんがそのきっかけになった本が届く様に連絡してくれたんです」
「新たなる旅立ちね。もうすぐ届くでしょう」
「あっ、お父さん帰ってきた」
「じゃあジローさん直ぐ夕食にしますから、少しゆっくりしていてください」
「はい、じゃあ部屋に居ます」
帰宅したオブリに挨拶をしてジローとフォルテは部屋に戻った。
ベッドに腰掛けたジローはしばらく呆然としていた。
「いい所だな、フォルテ」
「ミュウ」
「みんないい人だし、なんか落ち着くし。俺たちも元の世界に戻れないとしたら、ここで暮らす訳だけど、こういう世界でよかったよな。しかし僕に何が出来るんだろう?僕が本当にやりたい事ってなんだろう?」
「ミュ?」
「本当にやりたい事、、、、、、まいったなあ、、、判んない」
「ミュウウウウ」
窓から外を見ていたフォルテの鳴き声が変なので、ジローも窓の所へ行き、外を覗いた。
「どうしたフォルテなにも居ないぞ」
と言ったジローがハッとして山の方に目を凝らした。
「霧だ!霧が出てる。もっ、もしかしたら!」
一瞬頭の中が真っ白になった。
気がつくとジローはデイパックに荷物を放り込んでいた。
「フォルテ!行くぞ!」
と言うとダダダッと階段を駆け下りながら
「ユキナちゃーん」と叫んだ。みんなが驚いてジローの方を見ている。
「ユキナちゃん!あの山へ連れて行って。今直ぐ!」
「どうしたのジロー兄ちゃん」
「霧だよ!霧があの山に出てるんだ」
皆がジローがこちらの世界に来た時の話を思い出しハッとなった。
一瞬その場が凍り付いた。
「判りました。私の車で行きましょう」
「私も行きます」
全員が大急ぎで家を飛び出し山に向かった。
車の中はしばらく無言だったが、たまらなくなったユキナがベソをかきながら
「ジロー兄ちゃん、居なくなっちゃうの?」
「ユキナ!」
「さあ?どうなるか判らないけど、、、ジッとしてられなくて」
「そうでしょう、自分の世界に戻れるかもしれないのだから」
山に近づくにつれ霧が濃くなり、陽も沈んだのだろう、薄暗くなってもきた。車がユキナと出会った場所に着いた。みんな車から降りてあたりを見回すが何も見えないし何も聞こえて来ない。
「これ以上暗くなると足もとが見えなくて危険でしょう。又の機会にされたらどうですか」
「そうだよ、ジロー兄ちゃん。帰ろうよお」
と言ってユキナがジローの腕をつかんだ時、
「ミュウウウウウウ」
とフォルテがうなりだした。全員がハッとしてフォルテの視線を辿った。
「アッアー、アッアー」
「赤目鴉だ!」
霧の向こうに微かに二つの赤い光が見えた。
「ごめんユキナちゃん!行ってみるよ。オブリさん、マルカさん、しばらく待っても戻ってこなかったら何処かへ消えたと思ってください。お世話になりました」
「命の恩人が何をおっしゃるんですか、ユキナの事、ありがとうございました」
フォルテはジローの肩から飛び降りて赤目を追いかけたくてウズウズしている。
「フォルテ!今度は一緒だぞ。それじゃ。ユキナちゃん元気でね」
ユキナは目にいっぱい涙を溜めてジローを見つめている。
ジローとフォルテは赤目鴉を追って駆け出した。後ろの方からユキナの声が聞こえる。
「ジロー兄ちゃーん、フォルテー」
10曲目=第十章 Wasteland of Peat に続く