第ニ部 第六章
「その盆地の中では車が全く使えなくなったって言ったよね」
「うん、何故か浮き上がれないの。こっちの車みたいにタイヤも無いし、どうしようも無いの」
「と言う事は、、、、、」
ジローは数秒宙を見つめていたが
「そうか!よし、そうしてみよう!」
首を傾げるユキナを残し、キッチンに行くとゴソゴソと何かを探し始めた。
「ジロー兄ちゃん、ユキナ汗流したいの。急いで出るから。いいかなあ?」
キッチンから
「あっ、そうだよね。その右のドアがそう。使い方判る?」
と言いながら戻って来たジローがユニットバスを見せると
「多分あの赤いのを回すとお湯が出て、青いのが水で、温度調節すればいいんでしょ?」
「アハッ。ユキナちゃん位凄い勘してたら、こっちの世界でも何も困らないね」
「なんだかこっちの世界に来てから前よりもっと判っちゃうみたい」
「うーーん、やっぱりそうか」
「???」
「あっ、とりあえずシャワー浴びちゃって」
「うん」
キッチンに戻ったジローは又探し物を始めた。
「あったあ!避難用ポリタンク。良し良し」
「ユキナちゃん眠くない?疲れは?」
「リョウジさんのトラックでたくさん寝たから大丈夫」
「そうか、じゃあ直ぐ用意するからもう少し待ってて」
ジローはデイパックに着替えや洗面用具、フォルテの食料等を放り込み、次ぎに押し入れからバイク用のヘルメットを二つ取り出した。
「すごーい!何これ?」
「こっちじゃユキナちゃんが乗ってたような乗り物、バイクって言うんだけど、それに乗る時はこのヘルメットをかぶんなきゃいけないんだよ」
「へえー、ジロー兄ちゃんも同じ乗り物なんだ」
「空中には浮かないけどね。同じ場所から行けるかどうか判らないけど、あそこに行くしか宛てがないし、急いで行きたいしね。それにバイクごとユキナちゃんの世界に行けたらと思って、もしかしたらこっちの乗り物だったら村でも動くんじゃないかって」
「あっ、さすがジロー兄ちゃん!」
「後はと、、、そうだポリタンク忘れちゃいけないな。よし!ユキナちゃん、行こう!」
「うん!」
いつものように肩をポンポンと叩きながら
「フォルテ行くぞ!」
5、6メートル離れた所に居たフォルテが一瞬のうちにジローの肩に乗っかっていた。
目を丸くしたユキナが
「すっ、すごーいフォルテ!ユキナ見えなかったよお!」
「ミュウ」
アパートの横に置いてあるバイクのガソリンタンクの上に固定してあるバッグに避難用ポリタンクを押し込み、ジローとフォルテとユキナが乗り、奥多摩を目指して出発したのは、夜中の3時前であった。
そんな時間だから勿論道路はガラガラで、バイクが奥多摩の駅を通過するころ、ようやく空が白んできた。途中セルフサービスのガソリンスタンドでバイクを満タンにし、持って来た避難用ポリタンクにも予備のガソリンを見つからないように満たしていた。日原鍾乳洞方面へ急ぐジロー達の右後方からぼちぼち朝日が昇る時間であったが、今にも雨が降り出しそうな天気であたりはまだ薄暗かった。
「確かこの辺りだったと思うんだけど」
ジローはバイクを止め、エンジンを切った。
「うん。ジロー兄ちゃん、ここでいいと思うよ」
「しかし、霧が出てないなあ」
「少し待ったら出て来るような気がする。赤目鴉もね」
「ユキナちゃんがそう言うんなら間違いないな」
ジロー達が持って来たクルミレーズンパンで腹ごしらえをしていると、果たしてユキナが言ったように霧が音もなく辺りを覆い始めた。
「よし!次は赤目だ!」
その3分後
「ミュウウウウウウ!」
フォルテがうなり声を発した。
「赤目がいるのか?フォルテ」
「ミュウウウウ」
「よしフォルテ勝手に追っかけるんじゃないぞ、デイパックに入るんだ!」
「ミュ」
ジローはエンジンをかけ、辺りを注意深く見回した。
「アッアーー、アッアーー」
「来た!ユキナちゃん、しっかり掴まってて」
「うん!」
ジロー、フォルテ、ユキナを乗せたバイクは赤目を追って林の中へ飛び込んで行った。
第二部 第七章へ続く