第ニ部 第十二章(最終章)


「ドン、ドンドン、ドンッ」

と十匹程バイクで跳ね飛ばした。

しかしバランスが崩れ、転倒しそうになる。必死でバイクを立て直しさらに十匹程跳ね飛ばしたが大型ベシに斜めにぶつかってしまい、転倒してしまった。

「くそっ!」

フォルテは既に飛び降りて、猛烈なスピードで次々にベシの眼を攻撃し始めている。

バイクを起こそうとしたジローの足に

「ビチッ」

とベシが吸い付いた。

「グッ!」

デイパックに差し込んでいた例のスリコギを引き抜くと思いっきり振り下ろした。

「ボカッ!」

気絶したベシが地面に転がる。

「ボカッ!」「ボカッ!」「ボカッ!」「ボカッ!」「ボカッ!」

黒い塊となって突進してくるベシを手当り次第に気絶させて行く。

十分経過した。

ジローは既に七十匹程を気絶させている。フォルテも同数程のベシを戦闘不能にさせていた。

「くそっ、なんとかあいつに近づかなくては!」

しかし次々に向かって来るベシに阻まれ30メートル程の距離がなかなか進めない。

二十分が経過した。

ジローの動きが鈍ってきた。フォルテのスピードも少し落ちて来たようだ。

三十分が経過した。

ジローは息が上がり、腕は痺れ感覚が無くなっていた。足に吸い付かれている時間も段々と長くなり、少しずつではあっても確実に血も吸われているせいか立っているのもやっと、という状態になってきていた。

「ギャウッ!」

驚いて振り返るとフォルテにベシが吸い付いている。スピードが極端に落ちて来ていたのだ。

「フォルテ!」

死にものぐるいで駆け寄り、フォルテに吸い付いていたベシを蹴飛ばした。

道路に膝をついてフォルテを抱き上げたジローがやっとの思いで立ち上がる。

「フォルテ!フォルテ!」

しかし身体の小さなフォルテにしてみればかなりの血を吸われたのかグッタリしたままだ。

「くっ、しっかりしろフォルテ!」

「ビチッ、ビチビチ、ビチッ」

「グワッ」

ジローの両足に4匹のベシが吸い付いた。

必死でスリコギを振り上げ

「ボカッ」

一匹の頭に振り下ろしたがそれは力の無い打撃で、もうベシを気絶させることは出来なかった。

立ったままジローの動きが止まり、その顔が次第に青白い色に変わりつつあった。

「ハッハッハアー!どうした。もう終わりかあ?」

ソリチュが7、8メートルの所まで近づいて来て言った。

ジローには言葉を返す力も残っていないようであった。

「お前もよく頑張ったよ。半数近くやられちまった。しかしお前は甘い。気絶させたところで時間が経ちゃまた元のまんまだ。こいつらは又村のやつらを殺しに行くんだぞ!」

「、、、、、、、、、、、」

ジローは、そうさせているいるのはお前であってベシの意志じゃない!と言いたかったが声にはならなかった。

「ミュウウウ」

ぐったりしていたフォルテがジローの腕から飛び降りソリチュに向かって行く。

しかしその動きは遅く、ヨロヨロとしている。

そしてソリチュの数メートル手前でベシに体当たりされ、またぐったりとして動かなくなってしまった。

「フンッ、目障りな猫だ」

そう言うとソリチュはツカツカとフォルテの所まで来て

「ありがたく思え。ソリチュ様自らが楽にさせてやる」

そう言うと踏みつぶす気であろう、片足を上げた。

意識がなくなりかけていたジローの眼に炎があがった。

何処にそんな力が残っていたのだろう、スッと片手が上がり、振り下ろされた。

ジローの手から離れたスリコギがヒュンという音を残し飛んで行った。

「ガキンッ」

スリコギはソリチュの王冠に命中した。

青白い火花を出しながら、ソリチュの足下に落下した。

 

ソリチュの顔が蒼白になった。

ベシ達の様子が変わった。

『なっ、何だ?どうして俺達はこんな所に居るんだ?この人間はなんなんだ?』

とでも言ってるようにも見えた。

「ビチッ、ビチビチッ」

ソリチュの足に3匹のベシが吸い付いた。

自分の身に起こっている事がすぐには理解できずにいるソリチュであった。しかし痛みが現実であると教えてくれた。

「ぎゃあああ!」

叫び声を上げ道路に転がったソリチュにベシが群がった。

「ビチッ、ビチビチッ、ビチビチッ、ビチッ、ビチビチッ」

15匹程のベシがソリチュに吸い付いた。

激痛とショックでソリチュの意識はもう無いのかもしれない。

あっと言う間に顔が紙の様に白くなっていった。

 

「ドサッ」

ジローが崩れるように倒れた。

ジローに吸い付いていたベシが足から離れ、山へ帰って行く。

他のベシ達もバラバラと山に駆け込んで行く。

3分後、峠の手前の道路には、150匹程の気絶したベシと、まるでミイラの様になってしまったソリチュと、ぐったりとして動かなくなったフォルテ、そしてジローが横たわっていた。

 

『動けない、、、、たっぷりと血を吸われちゃったなあ、、、、俺、死ぬのかなあ、、、、、』

 

『フォルテは、、、生きてるんだろうか、、、、、』

ジローはフォルテを呼ぼうとしたが、もう声が出なかった。

 

『あれえ、、、、さっきまで太陽が眩しかったのに、、、、、変だなあ、、、、』

遠のいていく意識の中でジローは不思議な旅、不思議な村、不思議な出来事を思い返していた。

 

『ユキナちゃん、、、、、、』

ジローにはユキナのあの声が聞こえるような気がした。

「ジロー兄ちゃあーーん、、、フォルテーーー!」

「ジロー兄ちゃあーーん、、フォルテーーー!」

その声がどんどん大きくなってきた。

オブリの車に乗ったユキナが猛スピードでこちらへすっ飛んで来る。

 

「ジロー兄ちゃん!ジロー兄ちゃん!」

車を飛び降りたユキナが駆け寄って叫んだ。

ジローはもうユキナの顔が見えなくなっていた。

ユキナがジローを抱き起こす。

かすれた声でジローが

「フォルテを、、、フォルテを、、、、」

ユキナは振り向きぐったりとしたフォルテを見つけるとジローの胸に抱かせた。

「フォルテ、、、ごめんな、、、」

フォルテを撫でようとしたジローの手はかすかにピクッとしただけであった。

「べ、ベシを、、、、、」

「解ったから。ジロー兄ちゃん、もうしゃべっちゃ駄目だよお!すぐにお医者さんに連れてくから!」

ユキナはべそをかきながらも必死になってジローを車に乗せ、フォルテをその腕に抱かせた。

そしてまた猛スピードで峠に向かって飛んで行った。

 

「死んじゃ駄目だよお、ジロー兄ちゃん、もうすぐだから!」

そう言ってユキナが片手でジローの手を握った。

「うそだよお!いやだよお!いやだよおおおおお!!ジロー兄ちゃああああああん!」

 

ジローの手は氷のように冷たかった。

 

涙で一杯になったユキナの眼には峠が霧に覆われていいるのがよく見えなかった。

赤目鴉の赤く光る二つの眼に気がついた時は既に霧に突っ込んでいた。

一瞬車がグッと下へ押されたような動きをした。

次の瞬間、広い駐車場のような場所のはずれに居た。

急ブレーキで車を止めたユキナの涙の意味が変わった。

ジローの手が温かくなってきている。ハッとして顔を見ると赤みがさして来ている。

「ジロー兄ちゃん!」

空中に浮いている車の辺りには人の姿は見えなかった。かなり離れた建物のある方には人が結構居るのだがユキナ達に気づく者は居なかった。いや。わりと近くのベンチに寝そべって新聞を見ていた男が気配に気づいたのか身体を起こし、こちらへやって来る。

「ミュウ」

フォルテが鳴き声をあげ、もぞもぞと動き出した。

「フォルテ!」

その声で閉じていたジローの目が開いた。

「ユキナちゃん?」

「ジロー兄ちゃん!よかったあ、よかったよお!」

近寄って来た男が驚きの声をあげた。

「おおっ、驚いたじゃねえか。ユキナちゃんじゃねえか。ジロー君、フォルテもじゃねえか」

「リョウジさん!」

「こいつはたまげた。こりゃあっちの世界の乗り物かい」

「うん、そうだよ」

「リョウジさん、ここは何処ですか?」

「ハッハアー、また道に迷ってんのかい。まあいいや、ここは高坂のサービスエリアだよ」

「タカサカ?」

「あの、関越の高坂ですか?」

「ああ、そうだ」

ジローは一瞬考えて

「ユキナちゃん、ここからだったらすぐに戻れるかもしれない!」

「うん。早く戻ってベシを救急隊に渡さなくちゃだもんね」

「ガッハッハッアー、またベシか、なに、救急隊だ?おもしれえじゃねえか」

「リョウジさん、奥多摩はどっちの方角でしたっけ?」

「奥多摩ならこっちだな」

と言ってリョウジは左後ろを指差した。

「ありがとうリョウジさん。よし、急ごうユキナちゃん。」

「うん。リョウジさんありがとう」

「おっ、おう。よく判んねえが気をつけてな。あっ、そ、そうだユキナちゃん、明日お馬さんのレースなんだが、あの番号でほんとにいいのか?」

「うん。大丈夫だよ」

「そうか、ガハハッ。そうか、大丈夫か。よし、おらあ自分の運送会社持つぞ!」

フォルテのミュウという鳴き声を残し、あっという間に小さな点になってしまったジロー達の車を見送りながらリョウジはつぶやいていた。

 

「言えねえ、、、、誰にも言えねえ、、、、、」

 


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