3曲目=第三章 Strange Village  (前編)


 

「ミュウ、ミュウ」

フォルテの声でジローが眼を覚ましたのは8時に近かった。

「オオッ、疲れてたんだア。もうこんな時間かあ。あれだけ長い時間歩いたのは久し振りだもんな」

「ミュウ、ミュウ」

「そうかフォルテ、お腹空いたか?そういえば朝食は9時までって言ってたな」

と言って起き上がると洗面所に向った。

 

おかみさんがジローのお膳をかたずけながら

「猫と一緒に徒歩の旅なんて珍しいですねえ。ちょうどいい場所に泊まる所があるといいですけどねえ」

「そうですね。でもこの道以前に車では来たことがあって、結構宿はあったと思うんですけど」

「西へ向うっておしゃってましたねえ」

「はい」

「奥多摩、丹波山、塩山か、そうですねえ宿ありますねえ」

「昨日は町中を早く抜けたくて、ちょっと頑張りましたけど、今日からゆっくり余裕もって歩きます」

「山は早めに宿に入られたほうがいいですよ」

「ええ、そうします」

「途中何処か寄られるんですか?」

「一度行った事がある日原鍾乳洞をフォルテに見せてやろうと思ってます」

「あらそうですか、フォルテ君いいねえ」

「ミュウ」

 

再び国道を『西』へ向うジロー達は奥多摩町で早めの昼食を済まし、道を右に折れ鍾乳洞へと向った。

正午を過ぎた頃から霧が出始め、時間が経つに連れますます濃くなってきた。

「まいったなあフォルテ、道を間違えないようにしないとな」

標識を見落とさない様、慎重に歩くジローだが霧はますます濃くなってきて5メートル先も見えない程になってきた。

「多分あと20分ぐらいの距離だと思うんだけどなあ」

すごい霧のせいだろうか少し前から車もまったく通らない。

「よし、霧が薄れるまで休憩しよう。お前もぼちぼちオシッコだろう」

道路脇の草むらに腰掛けるとデイパックに入っていたフォルテが用足しに出てきた。

「見えにくいから直ぐ近くで済ますんだぞ」

フォルテも霧に驚いているのか用を足し終えるとすぐにジローのひざに戻ってきた。

とその時

「アッアーー、アッアーー」

「えっ、昨日神社で聞いた物まね鴉じゃないか」

「ミュウウウウウ」

フォルテは身体を低くしてうなっている。

「同じやつがこんな遠くまで来てるのか?」

ジローが鳴き声のする方をじっと見つめたその時、濃い霧の向こうから二つの赤い光がジローとフォルテを捕らえた。

「なっ、なんだこのカラスは」

突然フォルテが光に向って駆け出した。

「あっ、まっ待てフォルテ」

慌てて呼び戻そうとするジローだったが、フォルテは「ミュウ」と鳴きながら赤眼鴉に突進していく。

バサバサバサと羽ばたく音、

「アッアーー、アッアーー」

「ミュウウウウウ」

声を頼りにジローも必死に追いかける。

ジローがハッとした。次に着地するはずの左足が宙に浮いている。

「ヤバイ!崖があったか」

それは一瞬だったがジローの身体は完全に宙に浮いていた。

しかしまるで少しの段差だったかのようにまたフォルテを追って走っていた。

「おおっ、崖じゃなくてよかった」

そうつぶやいたジローが「えっ?」と言って立ち止まった。

あんなに濃かった霧がうそのように無くなっていて、太陽が燦々と照りつけている。

「うそだろう?」

後ろを振り返ってみたが、遠くの山々までくっきりと見渡すことができる。

「こんなバカな」

呆然として立ち尽くすジローの耳に

「ミュウ、ミュウ」

ハッと我に帰ったジローがフォルテを呼ぶとカーブした小道のむこうからフォルテが駈けて来る。

「アッハアー、無事だったかフォルテ!」

 

元の場所は多分こっちだろうと歩き始めたジローは肩に掴まっているフォルテに

「お前があの赤眼鴉を追っかけちゃったからだぞ」

「あの霧が一瞬に消えるなんて変だぞ」

「一瞬宙に浮いたのがほんとに崖だったらエライことになってたぞ」

と文句を言い始めた。

フォルテはちょっときまり悪そうに「ミュ」と言って背中のデイパックにもぐり込んでしまった。

「うーーん、これは迷っちゃったな」

「まあ低い方低い方へ行けば里にでるだろう」

少し不安げな表情で歩いていたジローが足を止めた。

「何か聞こえるぞフォルテ」

フォルテもデイパックから顔を出し聞き耳をたてる。

「ミュウ?」

 

後編に続く


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