4曲目=第四章 Welcome Party (後編)
「やあやあ、やあ」
と言いながらユキナのお爺ちゃんのコーダとお婆ちゃんのセーニョが入って来た。二人は車で20分程の所に住んでいる。オブリはいつでも同居を、と言ってるのだが、コーダの返事はいつも
「まだまだ。わしもセーニョも元気だから二人だけの方が気楽でいいわい」
であった。
「おお、あなたがジローさん。で、こちらがフォルテ君ですな」
と言いながらソファーから立ち上がったジローとその肩に乗かっているフォルテの近くにやって来た。
「いやいや、孫を助けてくれたそうで、ありがとう。ありがとう」
隣でセーニョが何度も頭を下げている。
「フォルテ君もありがとうな」
「ミュ?」
「いえ、助かったのは僕の方なんです。山で迷ってしまって、、」
「でもジローさん達はベシ用のイヤープラグも付けないで、よくまあ平気でしたねえ。
何か新しい防御装置でも持ってらっしゃったの?」
とセーニョが言ったのでジローが
「いっ、いえ、どうやら僕はこちらの世界」
と言いかけた時、また表でクラクションが聞こえた。
「フェルマおばさん達だ!!」
と言って又ユキナが表に迎えに駆け出した。オブリの妹夫婦が到着したようだ。キッチンから出て来たマルカが
「まあまあ、みなさん立ち話はそのへんにして、ダイニングへどうぞ、さあさあ」
と促したので、みんなが
「そうそう、先ずは腹ごしらえ。マルカさんの料理は絶品じゃからな」
「じゃジローさん続きは食事の後で伺いますね」
等と言いながらダイニングに向ったので、ジローもオブリに促されて歩きながら『うん、お腹空いたな。そういえば今日は昼食が早めだったんだ。しかし奥多摩の食堂で食べたのが今日の昼だなんて、、、、』赤眼鴉、一瞬に消えた濃霧、ベシという変な動物、浮き上がり音も無く移動する乗り物、少女の運転、クラクションのメロディー。あまりにも思い掛けない出来事や不思議な体験をしたせいか、わずか6時間ほど前の昼食が遥か昔の事のように感じられるのだった。
フォルテ用の缶詰めを取りに行ったジローがダイニングの大きなテーブルに戻ると、オブリが立ち上がり
「ではみなさん、えー」
と話し始めた途端
「手短になオブリや。わしゃもう腹が減った」
と言ってコーダは隣のジローにウインクしてみせた。どうやらジローの腹が鳴ったのを聴いたようだ。
「えー、今日はお爺ちゃんの80の誕生日パーティーですが、もう一つ、えーユキナの命の恩人であるジローさんとフォルテ君の歓迎パーティーでもあります」
ジローの隣にちゃんと席を設けてもらったフォルテは『まだお預けかなあ?』という感じで目の前の缶詰めとジローの顔を交互に見つめている。
「ではカンパーイ」
「カンパーイ」
「カンパーイ」
「ミュウーウ」
フルーティーなビールのような飲み物だが、すごく美味しい。ひとくち飲んで
「さあフォルテおなか空いただろう」
缶詰めの蓋を開けてやると、赤眼鴉を追い掛けたり、ベシと闘ったりでエネルギーを使ったのだろう。夢中で食べ始めるフォルテであった。フォルテの隣でその食べっぷりに眼を見張りながらユキナが
「ジロー兄ちゃんもフォルテに負けないで食べて食べて」
「う、うん。いただきます」
どれもがジローも知っている料理に似てはいるが、よく見ると全く知らない素材のものばかりであった。とりあえず一番近くの物から食べてみた。
「わおお、何だかわかんないけど滅茶ウマッ」
空腹のせいばかりではない。コーダが言った通りマルカの味付けは絶品であった。ジローもフォルテに勝る勢いで夢中で食べ始めた。その様子をみんなは驚きながらも笑顔で眺めている。
「あっはっはあー、いいもんじゃ、若いもんの食べっぷりは」
「むこうにまだまだありますから、たくさん食べてくださいね」
マルカも嬉しそうに言った。
アルコールも入り、お腹も少し落ち着いてきた頃、話題はやはりジロー達の事に移っていく。オブリが気遣って、さきほどジローから聞いた話しをざっと説明した。
「ジロー兄ちゃんとフォルテはねえ、ベシのあの声を聞いても全然平気なんだから」
ユキナが自分の事のように自慢げに言う。
「いえ、まあ一瞬筋肉がギュッとなりましたが、大丈夫でしたね」
ユキナの叔母フェルマが信じられないという顔で
「すごいわね。なんだかSFのような話しね」
ジローはずっと気になっていた事をコーダに質問した。
「あのう、さっきのクラクションなんですが、あのメロディーは?」
「ふむ。あの曲を知っておられるか」
「はっ、はい」
「うーん。やはりジローさんはあちらの世界から来られたようじゃな」
「あの曲は『Gato Libre/ガト・リブレ』というバンドのモーニング・ミストっていう曲なんですけど、大好きでよく聴いてました。でもどうしてコーダさんが?」
「あー、うん。少し長い話になるでな、食べ終わってからソファーで話そう」
「お母さん、ユキナもう終わったからむこうでフォルテと遊んでいい?」
フォルテはもうソファーの横で手を舐めては顔を拭っている。
「あら、山であんなに恐い目に会ったのはどうしてかな?」
マルカだけは秘密練習を知っていたようだ。
「あっ、そうだ」
と言って自分の部屋に走り、横笛を手にして戻って来たユキナが
「じゃあ、ユキナが創ったお爺ちゃんの曲をやりまーす」
と言って吹き始めた。ゆったりとしたメロディーがダイニングから家中に広がって行った。それはジローにとって耳慣れない音階だったが、実に心地よかった。その音色もざっくりとして、柔らかい。ジローは食べるのも忘れて聴き惚れてしまった。リビングのフォルテも目を細め、うっとりして聴いているようだ。コーダなどは目が潤んでしまっている。
このあとリビングに移動しての語らいでコーダの話によって新たな不安に落とし入れられるとは、知る由もないジローであった。
5曲目=第五章 Dialogue に続く