5曲目=第五章 Dialogue (前編)
「そう、あれはわしが10歳の時じゃった」
リビングのソファーに移動し、ハーブティーのような物を飲みながらコーダが話し始めた。
「親父の山菜採りに初めて付いて行った時の事じゃ」
「曾お爺ちゃんはねえ、レストランやってたんだよお」
とユキナが説明してくれる。
「ああ、その日に採ったキノコや山菜を使ったレストランじゃ。よう流行っておった。その日も山菜を採り終えて戻ろうとした時じゃ。わしらの話声が聞こえたんじゃろう。向こうの方から声が聞こえてきた。おおい、誰か居るんですかあ?ってな」
ジローはたまらず
「もっ、もしかしてその人も」
「ああ。やはり霧の中で赤い眼をした鴉を追いかけたら道に迷ってしまったという事じゃった」
「やっぱり赤眼鴉!」
「ミュウウウウ」
「それで家へ来て何日か泊まっておられたよ」
「その人があのメロディーを?」
「ああ、その音楽家だと言う人はレストランに置いてあるトラペという楽器を吹いて聴かせてくれたんじゃ。そっくりな楽器で仕事していたそうじゃ。で、これは自分が創った曲だと言ってあの曲をやってくれたんじゃが、まあ美しい曲でなあ、何度も吹いてもらって憶えてしまったよ。そうそう、確か3ヶ月前にCDリリースされたって言ってたのお」
「ええ、あのCDが発売されたのは3ヶ月ほど前でした」
と言った途端ジローは自分の脳みそがパニックになるのを必死でこらえた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。今の話はコーダさんが10歳の時の事でしたよね」
「ああ、もう70年も前の話になるのう。ということは、、、ふむ?」
「ジローさんが一瞬宙に浮いた時、時間もずれた可能性がありますね。もしかしたらその人の方がずれたのかもしれませんが」
とオブリが慎重な口ぶりで言った。
『元の世界に帰れるのだろうか?』
ジローに不安が襲い掛かった。おそらく全員が同じ思いでいたのだろう。しばらくリビングを沈黙が支配した。
「ピーピーピーピー」
突然警報のような音によって沈黙が破られた。ジローとフォルテを除いた全員に緊張が走る。
「ベシが群れをなしてそちらの村に近付いているもよう。各自厳重に戸締まりをし、外出しないように。イヤープラグが効かない種類がいるもようです。救急隊が向っています」
スピーカーからの音声は何度も繰り返している。
「マルカ、裏をチェックしてくれ。2階を見て来る」
と言ってオブリが階段を駆け上がって行った。
「なんて事じゃ、ベシが村まで出て来るなんて。この歳になるまで聞いた事がない」
ジローが驚いてフェルマに訊ねた。
「2階も閉めなくちゃいけないんですか?」
「ええ、壁に張り付いてよじ登ってくるんですよ」
全員がまたリビングに集まり
「どうした事だろう。こんな時期に、しかも人里にまで」
「山の生態系がおかしくなったんだろうか」
「今年の冬が異常に厳しかったからでは」
「一応イヤープラグを着けましょう。効かない種類がいるって言ってましたけどねえ」
「まあ救急隊が捕獲するまで外に出なきゃいいんじゃ」
などと話している時
「ミュウウウウウ」
突然フォルテがうなり声をあげ、外を睨みだした。
「どうしたのフォルテ、何か居るの?」
「ミュウウウウウ」
ユキナが窓越しに表を覗き込んだ
「大変!向いのリピトおばさんちの窓が開いてる!」
「何だって!!」
皆が窓から向いを見る。
マルカがハッとして
「そういえば昼過ぎに会った時、警報装置の調子が悪いって。明日修理してもらうって言ってたわ」
「ミュウウウウウ」
「やばい!!ベシが何匹も中に入って行く」
「リピトさん!リピトさん!」
フェルマの夫のポズが左手首の携帯電話で呼び掛けているが応答が無い。
「あんなに何匹もに血を吸われたら、、、」
「僕が行きます」
ジローはそう言って玄関へ急ぎながらマルカに
「何か長い棒ありますか?」
マルカはダイニングに走り、先端にフックの付いた2メートル程の棒を持って来てジローに手渡した。オブリ達も傍に来て
「僕達が一緒に行ってもジローさんの足手纏いになるだけでしょう。申し訳ないがお願いします」
「大丈夫です。リピトさんだけですね。よし、フォルテ行くぞ」
と言ってジローが肩をポンポンと叩くと
「ミュ」
待ってましたとばかりフォルテが飛び乗った。
5曲目=第五章 Dialogue 後編に続く