7曲目=第七章 Dreaming a Lot
感動的なダルセのダンスが終わり、しばらく談笑していたが、リピトさんとダルセが引き上げると言うので、フェルマとポズも手を貸し、送りがてら家へ帰っていった。
「さて、わしらも引き上げるとするか。ジローさん、今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休んでくだされ。ユキナの事ありがとう」
「ほんとにありがとうございました。孫だけじゃなく、リピトさんまでねえ。お疲れでなかったら明日でもうちにお茶飲みにいらしてくださいね」
「ああ、お茶がええ。飯はここんちで食べた方がずっと旨いでな」
「そりゃ悪かったですねえ」
「あっ、はい。お伺いします」
「ま、無理せんでな。怪我もしてることじゃから」
コーダとセーニョをみんなで車の所まで見送りに出た。ジローがアッと言って
「コーダさん、70年前の、僕の世界から来た、その音楽家はその後どうなったんですか?」
「ああそうじゃ、そう、その人は7日後に消えてしまったんじゃ」
「消えた?」
「ああ、直前までわしの親父と話してたんじゃが、あっあれは、と叫んで急に外に飛び出して行かれた。驚いて親父がすぐにあとを追ったが、何処にも姿が無かった。それっきりでなあ。まさに消えたんじゃ」
「じゃ、じゃあ、元の世界に戻ったんだ!」
ジローの顔に希望の色が浮かんだ。
「ああ、おそらくな」
しかしジローの顔がまた曇っていく。
『そういえばCDがリリースされてから何故か彼のバンドは一度もライブをやっていない、、、』
「ま、とにかくゆっくり休むことじゃ。そうそうユキナ、笛すばらしかったぞ。ありがとうな」
「うん、いつでも吹いてあげるよ」
「ハッハア、じゃあみんな、おやすみ」
「おやすみ」
シャワーを浴び、ベッドに横になったジローはなかなか寝つけなかった。勿論すごく疲れてはいたが、いろんなことが頭の中を駆け巡っている。枕元のフォルテはもうウトウトしている。
『いくら考えたってどうしょうもない。開き直るしか、、、、、』
『うん?何時だろう。のどが乾いたなあ』
どれくらい時間が経ったのだろうか、少しウトウトしたような気がしたが、、。起き上がったジローはベッドから出た。その気配でフォルテも起きたようだ。
「キッチンへ水飲みに行くけどお前も飲むか?」
「ミュ」
「静かにな」
音をたてないよう注意しながら階段をそろりそろりと降り、キッチンに入り水を飲んでいると玄関のドアから何か音が聞こえて来る。
「ン?」
「ミュウウウウウ」
フォルテがうなり始めた。
ドアがギシギシと音をたて始めている。
『パトロール隊員ならノックするか声を懸ける筈だ。誰だろう?』
バーンとドアが開いた。
「クッ、なんだこいつは!でっ、でかい」
子牛ほどもあるベシだ。
「こんなやつに血を吸われたらやばいぞフォルテ。気をつけろ」
と言った途端
「ペーーーーーーーーーーーン」
全身が硬直したのが判った。
『クソッ、身体が動かない』
ノシッ、ノシッという感じでベシが近付いて来る。
『ウウッ、駄目だ、全く動かない』
フォルテも横で硬直している。50センチほどに迫って来た。
『ウウウッ』
10センチだ。
『うわあああ!!』
「ジロー兄ちゃーん」
ユキナが階段を駆け降りて来てベシの横っ腹に体当たりをくれた。
『駄目だユキナちゃん、こいつの声を浴びちゃったら』
しかし声が出せない。跳ね返って床にころがったユキナの方へ向き直ったベシが
「ペーーーーーーーーーーーン」
しかしどうした事かユキナが硬直しない。近くにある物を投げ付け、自分の方にベシを引き付けながら玄関の方へ誘導している。こんなに大騒ぎになっているのにオブリとマルカが起きて来ない。
『もしかして2階で硬直しているのか?でもユキナは平気だしな、聞こえて無いのだろうか?』
隙を見つけてユキナが表に飛び出して行った。
『クソッ、今なら裏から逃げられるのに、クッ、動かない!』
ベシがまたジローの方へ近付いて来る。
『ウウウッ、やばいフォルテが踏みつぶされる』
ベシの足がフォルテの上に来た。
『フォルテー!』
ドーンという音と共にベシが横に転がった。
「良かったあ、間に合ったあ」
ユキナがスクーターでベシにぶち当たったのだ。起き上がったベシに又ぶつかる。その時ジローの硬直が解けた。
「ジロー兄ちゃん、乗って!」
フォルテを抱き上げ、ジローが飛び乗るとスクーターは表に飛び出した。オブリとマルカが気になったがユキナが硬直しないんだから大丈夫だろうと思った。
「しかしパトロールは何をしているんだ、あんなにでかいやつがいるのに」
「うん、変だよね」
「ミュウ?」
「オッ、解けたかフォルテ。大丈夫か?」
「ミュ」
「とりあえずお爺ちゃんちに行くね」
「そうだね、こんな時間だけどしかたないね。途中パトロールに出会ったらいいんだけどね」
「うん」
コーダの家に向って5分ほど飛んだ時
「ジロー兄ちゃん、パトロールの車がいる!」
前方に銀色に光る3台の車がいる。ユキナがクラクションを鳴らし、手を振ると気が付いたのだろう、こちらに向って来る。
「ジロー兄ちゃん、なんか変だよ」
「えっ?」
確かに変だ。こちらの行く手を遮るように3台が固まってどんどんスピードを上げて来る。
「やばい!ユキナちゃん、逃げよう!」
しかしその時にはユーターンどころか、横に曲がる暇も無い程猛烈なスピードで3台が迫って来ていた。
「ぶつかる!」
と思った瞬間ジローの身体はスクーターのシートに押し付けられた。ギリギリのところでユキナが急上昇したのだ。
「ヒュー、やったあユキナちゃん」
「どうしちゃったんだよお、パトロール隊なのにい」
ジローが後ろを振り返ると、すれ違った3台がユーターンしているところだった。
「ユキナちゃん、やつら又来る!」
「しっかりつかまってて」
目一杯のスピードで逃げるジロー達だったが性能が全然違う。あっという間に追い付かれてしまった。
「右から来る!」
また急上昇で避ける。
「左だ!」
さらに急上昇した。
すでにかなりの高度に達していたが3台はジロー達を弄ぶように上へ上へと追い立ててくる。
1台が真横に来た時、操縦席を見たジローは
「うそだろう!そんな馬鹿な!」
なんと操縦しているのは、あのでかいベシではないか。しかもこっちを見て笑っている。
「ベッシッシッ、ベッシッシッシッー」
唖然としたジローのスクーターを持つ手が弛んだ時
ドーン。
真後ろからぶちあてられた。バランスを崩したジローが一瞬空中に浮いた。そして真っ暗な地面にまっさかさまに
落ちて行った。
「ジロー兄ちゃーーん」
ユキナの声が遠のいていく。
「うああああーー」
胸に抱いているフォルテも
「ミュウウウウーー」
ジローとフォルテは暗闇に吸い込まれるように落ちて行く。
「ああああーーー」
ガバッとベッドに起き上がって目が覚めた。しばらく呆然としているジローであった。
「ミュウウウ」
「ブハッ、ウウウ、夢か。ああやばかったなあ」
フォルテが驚いてジローを見ている。
「驚かしちゃったな、悪い悪い」
フウウと一息ついて
「ちょっと気分転換しなきゃ」
と言ってベッドから出て窓を開けたジローは、肩に乗ったフォルテと共に静まりかえった、見知らぬ村を見つめるのであった。
8曲目=第八章 Then, Normal Life に続く