8曲目=第八章 Then, Normal Life
「ミュウ」
フォルテの鳴き声でジローが目を覚ました。壁の時計を見ると9時を過ぎている。
「ウウウッ、もうこんな時間か、結局よく寝たなあ」
「ミュウ」
「わかったよ。お腹空いたよな。ちょっと待ってな」
服を着替え、フォルテのキャットフードを持って階段を降りて行くとマルカがキッチンに居た。
「おはようございます」
「あっ、起きられましたか。よく寝られました?」
「はい、何だかたくさん夢を見たようですけど結局よく寝ました」
「じゃあよかったです。手の具合はどうです?」
「ええ、塗ってもらった薬のせいか全く痛くないです」
ジローの手と足の傷跡を見ながらマルカが
「ほんとだわ、考えられないくらいの回復力ですね」
「ええ、凄くいい薬ですね」
「でも私達にはここまでの効き目はないんですけどね、やっぱり違うのねえ」
「ミュウ」
「わかったわかった、今やるから」
「ああ、フォルテ君お腹すいたのねえ。ジローさんもでしょう、用意できてますからテーブルにどうぞ」
「あっ、ありがとうございます。ほらフォルテ、ここに座りな」
隣の椅子をポンポンと叩くとフォルテが急いで飛び乗り、ジローが缶詰めを開けるのを待っている。
「考えたら、あと4日分しかないな。この村で補充出来るんだろうか?」
「さあたくさん食べてください。そうだ、フォルテ君の食べ物ですけど、何が入ってるのか教えてくれれば、似た物を作りますよ」
「えっ、ほんとですか」
「ここに居る間はそれを食べていてくれれば。フォルテ君の口に合うといいんですけど」
「助かります。ありがとうございます。さあフォルテ食べよう」
「ミュウ」
いつものようにフォルテと一緒に朝食をたべながら
『出発の日、あの朝食からまだ3日目だなんて、、、とても信じられない。もっとずっと昔のような気がするなあ』
と所沢のアパートや出かけに会った不動産屋のおばちゃんとツナヨシなどに思いを馳せていた。
「食べ終わったら少しのんびり休んでいてください。昨日の疲れがまだ残ってるでしょうから」
「はい、でも大丈夫みたいです。よく寝たし。なっ、フォルテ」
「ミュウ」
「そうですか、でも無理しないでね。そうそう今日はユキナがお昼には学校から帰ってきますから、案内させて村でも見て回られたら?」
「そうですね、ユキナちゃんが暇だったら是非」
「大丈夫ですよ。今朝なんか、ジロー兄ちゃんとフォルテの世話するんだから学校休むって大変だったんですよ」
「アハッ、そうだったんですか」
「午前中は寝かせておいてあげなくちゃって言ったらやっと納得して行きましたけどね」
「じゃあ午後は世話してもらいますか」
「そうそう、でも疲れない程度にね」
朝食を終えたジローは部屋から血の付いたズボンやシャツなどを持って来て洗濯をさせてもらったが、その洗濯機はボタンを一つ押すだけでプレスまでされて出て来るのだった。
「ちょっと近所を散歩したいんですが」
「あっ、じゃあ一応『デンテ』を着けていってください」
と言ってみんなが手首に着けている腕時計型携帯テレビ電話とでもいう物を持って来た。
「ここを押しながらジローと3回言ってくれます?」
「デンテっていうんですかこれ、ええっと、ここですね、ジロー、ジロー、ジロー」
「はい、それで声が登録されたから、ユキナとかオブリとか呼び掛ければ相手が出ますよ」
「同じ名前の人が出たりしないんですか?」
「ジローさんと関係のあるユキナはうちのユキナだけですから。声を判別して自動的に繋ぐんです。かかわりの無い初めての人を呼び出す場合はここを押しながらもっと詳しく言わなくちゃなんですが、ジローさんにはとりあえず必要無いでしょうから」
「わかりました」
デンテを左手首に着けるとジローはいつものように肩をポンポンと叩いた。フォルテが飛び乗る。
「よし、散歩だフォルテ」
「ミュ」
表に出たジローはすがすがしい空気を目一杯吸い込んだ。
「フウウウ、すごーい。空気が凄く澄んでるって言うか濃いって言うか。こっちに来てからずっとバタバタしてたから気が付かなかったよフォルテ」
「ミュウウウ」
「さて、じゃあ左へ行ってみるか」
しばらく歩いていると後ろから来た車が音も無くジロー達の横を飛び去って行った。
『空気がいいのは田舎のせいだけじゃなくて排気ガスが全く無いせいもあるんだ』
と思った。
『なんだか清清として美しい村だなあ、ゴミ一つ落ちてないし』
畑で農作業をしている人達がいたが、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。10分ほど歩いていると前から来た車がジロー達の横にスーッっと止まった。ダルセさんだった。
「ジローさん!昨日は本当にありがとうございました」
「いえ、僕の方こそありがとうございました。素晴らしくて鳥肌がたっちゃいました」
「よろこんで貰えたら嬉しいです。でももう散歩が出来るんですね」
「ええ、よく寝たし、怪我もほとんど治っちゃったし」
「えっ、一晩で?」
「はい。で、リピトさんは?」
「姉は今日一日静養してます。明日から出歩けるでしょう」
「また公演旅行に出られるんですか?」
「ええ、でも今回はあと5日家に居られるので、うちにも遊びに来て下さいね」
「はい、ありがとうございます」
ダルセと別れ、さらに10分程歩くと牧場が見えてきた。
「フォルテ見てみろ。羊にそっくりだけど、すごーい。紫に緑に赤に、黄色もいる」
「ミュウ」
牧場を通り過ぎしばらく歩いていると前から銀色に光るパトロールの車がゆっくりとやって来る。夢を思い出したジローは一瞬ドキッとした。すれ違う時、運転席を思わず覗き込んでしまったが、もちろんそれはベシではなかった。
「ぼちぼち戻らないと昼になっちゃうなフォルテ」
と言って来た道を引き返し始めたジローのデンテから声が聞こえた。
「ジロー兄ちゃん、フォルテ」
「あっ、ユキナちゃんだ。ほら返事しなフォルテ」
とデンテをフォルテの目の前に持って行った。
「ミュウ」
「ああっ、フォルテ。学校から急いで帰って来たのに何処行っちゃったんだよお」
「ミュ?」
「ジロー兄ちゃん!」
「アハッ、ごめんごめん。あと10分くらいで帰るから」
朝食が遅かったジローは軽くにしておこうと思ったが、いざ食べ始めるとマルカの料理があまりに美味しいので腹一杯食べてしまった。
「ジロー兄ちゃん何処へ行きたい?」
「さあ?僕には何処でも珍しいからなあ」
「じゃあお願いしていいですか?マーケットで食料調達してきて欲しいんです」
「へえ、面白そうですね」
「お父さんの仕事場もその近くだよお」
「そこも見てみたいなあ」
「うん、じゃあ早く行こうよう」
「よし行こう」
マーケットに向かうスクーターでジローが尋ねた。
「お父さんは何の仕事してるの?」
「家具創ってるんだよ。椅子が凄い人気で制作が追いつかなくて大変なんだって」
「へえ、そういえばユキナちゃんちの家具、全部素晴らしかったなあ」
「うん、みんなお父さんが創ったんだよお」
「じゃあお父さん稼いでるんだ」
「稼いでるって?」
「だからお金を」
「オカネって?」
「ええっ!お金、、、知らないの?」
「あっ、そうだ。歴史の授業で出て来たよ、思い出した」
「れっ、歴史?」
「うん、すごく昔そういうの使ってたって。ほらマーケットだよお」
「お金が、、、存在しない、、、」
「ジロー兄ちゃん着いたよ!」
「えっ、あっ、うん」
大きなログハウスに入って行くと野菜や穀物、日曜雑貨等が整然と並んでいる。
「ほら、これが昨日ジロー兄ちゃんがいっぱい食べてたボチャだよ」
「ほんとだ、これ美味かったあ」
ユキナは手に持った薄い電卓のようなものに番号と個数を打ち込んでいる。
「ジロー兄ちゃんどれか食べたいのある?」
「ええ、どんな味なのかぜんぜん判らないからなあ」
「見た目でいいよ」
「じゃあ、この白菜に似てるやつ」
「サクね、これ茹でてお母さんが作ったタレで食べるとおいしいんだよお」
全部を回って出口に置いてある装置にユキナが薄い電卓のようなものを近づけるとピッという音がした。そのまま出て行くユキナに
「あれ?持って帰らないの?」
「えっ、ああ、今日のはみんな急がないから。3時に配達してくれるの」
「へえ、楽だねえ。いやあ面白かったあ。全部知らない物ばっかりだもんね」
「明日学校休みだから又来てもいいよ」
「あはは、うん」
「さっきの歴史の話だけど、もう少し詳しく教えてくれない?」
「ええー、ユキナあんまり知らないよお。うん、おじいちゃんが詳しい。おじいちゃんち行こう」
5分程のところにあるオブリの仕事場を覗いてみたがすごく忙しそうなので外から手だけ振ってコーダの家に向かった。
「おお、ジローさん。よく来たよく来た。さあさあ入った入った」
「おじゃまします」
「ジロー兄ちゃん、オカネのこと知りたいんだって」
「ほう、なるほど。ジローさんの世界じゃ貨幣が流通しとるんじゃな」
「はい」
「ま、座ってなにか飲みながら話そうじゃないか」
セーニョが飲み物を持って来てくれた。
「そう、300年ほど前までわしらの世界でも貨幣を使っておった。しかし人々はどうもカネに振り回されておったらしい。世界中がカネカネカネという状態でな、強盗、殺人、果ては戦争までやったらしい。人々は落ち着きを失い、心の病にかかる人が激増したそうじゃ。資本主義が完全に行き詰まったんじゃな。まさにそんな時じゃ、『新たなる旅立ち』という本が出版されたのは。シンヤーという人が書いたその本は貨幣の存在しない世界を描いておったんじゃが世界
中で驚異的ベストセラーになったらしい。その影響が大きな大きな波になっていき、ついには当時一番心の病が深刻だった国が貨幣を撤廃したそうじゃ。その本の描く世界をめざしたんじゃな」
9曲目=第九章 Journey Again に続く