10曲目=第十章 Wasteland of Peat
濃い霧の中、必死に追いかけるジローとフォルテを誘うかのように木に止まってこちらを眺めては飛び去る赤目鴉だが、なかなか追いつけず
「くそ!駄目か」
と思い始めたその時、身体が一瞬宙に浮いた。
『やった!やったぞ!』
足が着地した。
立ち止まり、辺りを見回すジローの横でフォルテもキョロキョロしている。さっきほど濃くはないがまだ霧が出ている。ユキナたちの世界へ行った時は一瞬にしてカラリと霧が晴れて驚いたのだが。
「ただの段差だったのかなあ?フォルテ」
「ミュウ」
「戻れたんだろうか?」
しばらくその場に佇んでいると、霧がどんどん薄くなってきて視界が開けて来た。
「山じゃない!」
ユキナ達と別れた山とは全く違う景色が広がっている。そこは見渡す限りの荒野という感じだった。
「戻ったのか?それとも又別の、、、、、うん?何か聞こえる」
右の方から微かにゴーという音がした。
「よし、行ってみようフォルテ」
と言って肩をポンポンと叩く。フォルテがトットッと助走をつけて飛び乗る。
足下は湿った土で、所々かなりぬかるんでいた。ジローは乾いている所を選びながら,音のする方へ近づいて行った。
「車だ!あれは車の音だぞフォルテ!」
しばらく歩くと舗装された道路に出た。
『しかし車の音が同じだからと言って元の世界だとは限らないからなあ』
ジローは期待と不安が入り混じった気持ちで車が来るのを待った。少し途絶えていたがやっと右方向から大型のトラックが近づいて来た。ジローはフォルテをデイパックに入れ、両手を大きく振った。ジローの前を通り過ぎたトラックが40メートル程先で止まった。運転席のドアに駆け寄ったジローが
「すいませーん」
と声をかけると、窓がスルスルと降り50歳前後と思われる運転手が顔を出した。
「どうした兄ちゃん」
「あー、あのう、道に迷っちゃって。邪魔じゃなかったら何処か駅まで乗せてもらえませんか?」
「そうかい、もうすぐ暗くなるからな。乗んな」
「ありがとうございます。あのう猫も一緒なんですけど、」
「ほう、猫と旅行とは珍しいな。いいよいいよ俺も猫好きだから」
ジローが助手席に座り、トラックが走り始めるとデイパックからフォルテが顔を出した。
「ミュウ」
「ハハア、これが相棒かい、名前はなんてんだい?」
「フォルテです。あっ、僕はジローっていいます」
「そうかい、俺はリョウジだ。で、何処まで行くんだい?」
そんな地名は聞いた事ねえなあ、なんて言われたらどうしようと思いながら恐る恐る
「あのう、東京なんです。正確には所沢なんですが」
「ほう、やっぱり東京か、訛りがねえからそうじゃねえかと思ってたよ」
ジローはとりあえずホッとした。そして思い切って聞いてみた。
「あのう、ここは何処なんでしょうか?」
運転中のリョウジは前を向いたまま少しエッ?という表情をして
「おいおい兄ちゃん、大丈夫かい。道に迷うつったって、そりゃあすげえ迷い方だなあ」
「あっ、はい。あの、色々あって」
「まあいいや、俺にゃあ関係ねえからな。釧路だよ。北海道の釧路」
「釧路。じゃあさっき居たのは湿原だったんだ」
「ああ、何もできねえ泥炭の原っぱよ」
気味悪がられてトラックから降ろされるかもしれないと思いつつ、ジローは又思い切って訊いてみた。
「あのう、今って何年でしょうか?」
さすがにギョッとしたリョウジがジローの顔を覗き込み、慌てて又前を見ながら
「どこかですっころんで頭でも打ったのかい、兄ちゃん」
「えっ、いえあの、あー、とても信じてもらえないと思うんですけど、実は凄く不思議な事があって、、、」
「オオッ、いいじゃねえかいいじゃねえか。退屈しのぎに聞こうじゃねえか。ちなみに今は平成17年。2005年だ」
「やったあ!やったあ!戻れたんだ!戻ったぞフォルテ!」
「ミュウ?」
「おお、こりゃあ面白そうだな兄ちゃん。俺も東京へ戻るとこだから所沢まで乗って行きなよ、まあゆっくり聞こうじゃねえか」
アパートの階段を上りながらジローは思った。
『この階段を降りて始まった不思議な旅、まだ一週間も経っていないんだ』
ドアを開け、部屋に入る。
「なんだか何ヶ月ぶりって感じだなあ、フォルテ」
ドッと疲れが押し寄せてきた。そのままベッドに倒れ込んだジローはあっという間に寝息をたて始めた。枕元でフォルテもウトウトし始めた。しばらくしてフォルテがビクッとして目を覚ました。ジローの左手首に着けられたままの『デンテ』からかすかに何か聞こえてくる。ジローは全く気づかずスースーと寝息をたてている。フォルテはデンテに顔を近づけると聞き耳をたてた。そして懐かしそうに
「ミュウウウ」
デンテからは、ザーという雑音の向こうから、かすかな声が聞こえた。
「ジロー兄ちゃーーん! フォルテーー! 」
完