第ニ部 第一章
ジローがフォルテの異変に気付いたのは、ユキナ達の世界から戻って二日目の事だった。
戻った次の日はさすがに疲れたのか外に出る気がしなくて、目が覚めて即席ラーメンを食べて又寝てしまうというパターンを繰り返して終わってしまった。翌朝は疲れも取れ、さすがに寝過ぎで腰や背中が痛くなってきた事もあって外に出たくなった。
「よし、散歩に行くぞフォルテ」
窓辺で表を見ていたフォルテが
「ミュウ」
と鳴いて振り返り、玄関の近くに居たジローがいつものように肩をポンポンと叩くと、待ってましたとばかり飛び乗った。そのスピードが尋常では無かったのだがジローは『あれ?寝過ぎで感覚がおかしくなってるのかな?』としか思わなかった。
アパートの階段を降りながら
「あの時も似たような時間に出発したな。しかしあれからまだ一週間しか経ってないなんて、、、、」
陽が昇る直前の、人影もまばらな駅前を通り過ぎ、まだ静まり返っている商店街をもしかしたらと思いながら歩いていると、果たして前方から不動産屋のおばちゃんとフォルテの仲良しである老ビーグル犬の『ツナヨシ』がやって来た。
「あれま、ジロー君!もう帰ってたんだ!」
「はい。一昨日帰ったんですけど昨日は一日中寝てました」
「あらそうだったの。お帰りフォルテ君」
「ミュウ」
ジローの肩から飛び降りたフォルテがおばちゃんの後ろでツナヨシとじゃれ始めた。
「で、何処回ってきたの?2週間、目一杯回って来ると思ってたけどねえ」
「ええ、そのつもり、、、、」
おばちゃんの後ろの光景が目に入ったジローは我が目を疑って一瞬言葉を失ってしまったが、慌てて
「いや、あの、そのつもりだったんですけど、ちょっとアクシデントが、いえ、たいした事じゃないんですけど」
ジローはユキナ達の世界の事は言わない方がいいと今朝散歩に出る前に決めていた。釧路から乗せてくれたトラック運転手のリョウジには話したが彼は事の真相よりも話しそのものを楽しんでいたようで、ほんとか嘘かなどは全く気にしてない様子だった。
「山の中でお金を落としてしまって。奥多摩のちょっと先あたりから引き返してきたんです」
「あらあ、そりゃあ大変だったわねえ。大丈夫なの?少し貸そうか?」
「あっ、いえ大丈夫です。大体そんなに持って行かなかったし」
「そお?まあ若いんだから。お金溜めて、又行けばいいじゃない」
「ええ、また行きたいですね。ほんとに」
「お金落としたんじゃ土産も、ねえ」
「あはっ、すいません。次回必ず」
「冗談よお。まあ無事でなによりだったじゃない」
「はい。そうですね、無事に帰れてよかったです」
「じゃ、またね。ツナヨシ行くよ」
おばちゃんが後ろを向きかけたのでジローは慌てて肩を叩いてフォルテを呼んだ。
「あら?フォルテ君は?」
「あっ、フォルテならここに居ます」
おばちゃんはジローの肩に乗っかっているフォルテを見つけ
「あら、もう足元に来てたんだね。じゃあまたねフォルテ君」
「ミュウ」
散歩を切り上げ、ジローはアパートに急いだ。さっきツナヨシとじゃれていた時のようなフォルテを、人に見られてはいけないのでは?と感じたからだ。部屋に戻ったジローはもう一度確かめる事にした。フォルテを窓の近くに降ろし
「よしフォルテ、そこに居るんだぞ」
と言いながら玄関へ行き
「よし、フォルテ来い」
と言って肩をポンポンと勢いよく叩いた。
5〜6メートルの距離をフォルテはおそらく0.2秒程で移動した。しかもそれは必死に駈けたという感じではなかった。目にも止まらぬ速さで駆け回るフォルテを呆然と見つめるツナヨシの光景を見た時、朝の出来事が寝ぼけていたからじゃないと気付いたのだが、今再確認をしたジローはまじまじとフォルテを見つめるのであった。
「フォルテ。お前いったい、、、、」
「ミュウ?」
第ニ部 第ニ章に続く