第ニ部 第ニ章
フォルテの動きが尋常でないのは走った時だけで、歩いてる時や飲み食いしている時は以前と変わらなかった。
「どうしてこんな事が?」
いろいろと考えるジローであったが、思い付くのはユキナ達の世界へ行って戻ってきた事だけであった。
「あっちの世界への移動がフォルテになんらかの影響をおよぼしたんだろう。他には考えられないよな。そうだ、今思えばベシと闘っていた時も結構なスピードで動いていたなあ。今程じゃなかったけど。あの時は自分の事が必死で、それを気に掛けるどころじゃなかったもんな」
もともとフォルテは活発なチンチラだった。部屋中勢いよく走り回る事もあったが、それは猫として普通のスピードであった。
「しかしフォルテにそれ程の影響を与えたんだったら、僕にも何らかの変化が起こってもよさそうなもんだけどなあ」
ジローは戻って来てからの自分の動きを思い出してみたが以前と変わったところは見つけられなかった。
「あっ、でもそういえばベシと闘った時の手と足のキズの治り方。あれは薬のせいだったんだろうか?たしかマルカも自分達に塗ってもこんなに早く治らないと言ってたよなあ」
ジローは自分の手を見ながら思った。
「3日前にあんなにひどく皮が剥けた手のひらが嘘のようにきれいになっていて、傷ひとつ残っていない。違う世界の人間だから異常に薬が効いたのか、あるいは異なった世界を移動したから、異常に早く傷が治る身体になってしまったのか?」
ジローは自分で手を少し切って試してみようかとチラッと思ったが
「ブルルル!そっ、そんな事、とても出来ません」
翌朝、目を覚ましたジローはカーテンを開けようとベッドから出て窓の方へ歩き始めた途端、テーブルの角に左足の小指をしこたまぶつけた。勢い余ってトットットッと片足で窓まで跳ねて行き、一応カーテンは開けた。
霧雨が降っている。
駅に急ぐ人達がいる。
3秒後
「クワーー!」
という感じで痛みが襲って来た。
「グッ、クウウウ」
歯をくいしばっていたら涙が出て来た。その音と様子に驚いたフォルテが
「ミュウ」
と鳴きながら近くへやって来た。
「大丈夫だフォルテ、大丈夫。足に触るんじゃないぞ」
と言いながら目を下にやって小指を見てみた。
「アチャア!内出血してる」
小指全体が赤紫色に変わって来た。そしてどんどん腫れ始めている。
「駄目だこりゃ。冷やすのかな?どうすりゃあ、、、」
左足は踵だけついて本棚にあった家庭の医学書を取り、ベッドへ戻り仰向けになって読み始めた。
「ええっと、打撲かな?内出血かな?」
とりあえず内出血の項目を探し読み出した。
「ううん、脳内出血?じゃなくて、、、どれも凄いのばっかりだなあ。打撲の方か?載ってないなあ。捻挫、、、突き指、、、ううん。まあとにかく冷やせばいいみたいだな」
そう言って冷蔵庫の氷を取りに行こうと起き上がった。
「あれ?何だ?」
もう一度足を見たジローは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「腫れが退いてる。色もほんの少し赤いだけだ」
ぶつけてからまだ5分ほどしか経っていない。ジローは恐る恐る指を動かしてみた。
「まさか、、、、嘘だろう?」
全く痛くなかったのだ。
第ニ部 第三章に続く