第ニ部 第四章
ジローの口から言葉が出るまでに数秒を要した。
気が弛んだのであろう、ユキナの目からは涙が溢れそうになっている。
「ユッ、ユキナちゃん!」
「ジロー兄ちゃん!」
ユキナはジローの腕に飛び込んで泣き出してしまった。
「良かったあ、会えたよお。ウッウッウッ」
「とにかく中へ入って」
ユキナを部屋に入れ、椅子に腰掛けさせると
「よし、何か飲んで落ち着こう。うーん酒じゃまずいし、お茶入れよう」
ジローがキッチンに行くと、まだ少しべそを掻いているユキナの膝にフォルテが飛び乗り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ミュウ?」
「アハッ、ごめんねフォルテ。心配してくれてありがとね」
そう言ってフォルテを抱き上げたユキナの顔にやっと笑顔が戻った。
「ミュウ」
お茶を持って来たジローが
「ほらこれ飲んでみて。お茶って言うんだけど、イーテに良く似た味だよ」
一口飲んでみたユキナは
「ほんとだ!イーテにそっくり!」
「よし、だいぶ落ち着いたみたいだね。ゆっくりでいいから話してみて」
「うん」
また真剣な顔つきに戻ったユキナが話し始めた。
「村が大変なの!新しいベシがでたの!イヤープラグ効かないの!」
「よし、もう少しゆっくり、順番に話してみて」
「アッ、うん。えーっと、ジロー兄ちゃんを見送った次の日なんだけど、二つ隣の村から救助隊に緊急連絡が入ったの。イヤープラグが全然役にたたないベシが村に現れたんだって。身体もひと回り大きくて、すごく離れていてもあの声で動けなくされるし、動きも素早いんだって」
「へえ、それで?」
「吸い付かれて血を吸われちゃうと、体力の無い子供は勿論、年寄りまでみんな死んじゃうんだって。大人でも弱い人は死んでしまうって」
「エエッ?そりゃ大変だ!救助隊は?」
「うん、それが救助隊の車がその村に入った途端故障して動かなくなっちゃったの。何台行っても全部故障しちゃうんだって」
「それってベシのせい?」
「お父さんが、そうとしか考えられないって。次の日には同じ盆地の中にある三つの村全部の車が使えなくなったの」
「じゃあユキナちゃん達の村も?」
「うん。だから山を超えて逃げられないの」
「次の日は隣の村にもベシが出たって連絡があったから、時間の問題でユキナ達の村にも来るだろうって」
「国は何してるの?あんなに科学が進んでるのになんとかならないの?」
「科学者も必死でやってるけど、新種のベシをまだ一匹も捕まえてないから大変なんだって」
「コーダさんやセーニョさんが危ない!」
「そう。だからユキナお父さんに言ったの。ジロー兄ちゃんとフォルテに助けてもらおうよって」
「ミュ?」
「オブリさん、なんて言ったの?」
「最初は何処へ行ってしまうか判らないし、もしジローさんの世界へ行けてもどうやって会うんだ?って」
「そりゃあ当然反対するだろうな」
「うん。でもユキナが何故か判らないけど必ず会える気がするのって言ったら、しばらく考えていたけど、そうだな昔からユキナの勘はほとんど当たったな、それにここに居るほうが危険かもしれないって」
「でも、本当によく来れたよね。どういうふうに来たの?」
「車が全部使えないからお父さんとお母さんが一緒に歩いてあの山まで送ってくれたの」
「僕を見送ってくれたあの場所?」
「うん。しばらく待ってたら霧が出て来て、あの赤目鴉があらわれたの」
「それで追いかけたんだ?恐くなかった?」
「すごく恐かったよお。でもおじいちゃん達が危ないし、ユキナだって死んじゃうかもしれないから、必死だったの。お母さん手を振りながら泣いてた」
「そうだろうな」
「一生懸命赤目を追って走ってたら一瞬身体が宙に浮いたの」
第ニ部 第五章に続く