第ニ部 第七章


赤目鴉を追ってしばらく霧の林を必死にバイクを操っていたジローだったが、

「来た!あの感覚だ!」

一瞬バイクが宙に浮いた気がした。次の瞬間霧は嘘のように晴れ、見覚えのある場所を走っていた。

「やったあ!戻ったよユキナちゃん!」

「うん、ジロー兄ちゃん!」

「ミュウ」

「そう、あっちへ行けばユキナちゃんと出会った所で、その先で道路に出るんだよね」

「うん、そうだよ。よく憶えてるね」

「アハッ、記憶力増したかな?」

「すごーい!バイクちゃんと動いてる。ジロー兄ちゃん!」

「ああ、大当たりーって感じ!よし、道路に出たぞ!」

ユキナ達の村へ向かって全速力でバイクを走らせながら

「とりあえずコーダさんちへ行った方がいいよね?」

「うん、体力の無いお爺ちゃん達が心配!何だか急がなきゃって気がするの!」

「エエッ、そりゃあ大変だ」

鋪装された道路に出て片手を離せるようになったユキナが左手首に着けた小型テレビ電話のデンテに呼び掛けた。

「お父さん!お母さん!」

すぐにオブリの返事が返ってきた。

「ユキナ!良かった、無事に戻ったんだな!」

「うん、ジロー兄ちゃんとフォルテも一緒だよ!」

と言ってデンテをジローとフォルテに向けた。

「ミュ!」

「おお、ジロー君、フォルテ君!」

「オブリさんそっちは大丈夫ですか?」

所々、道路に置き去られた車を避けながらも全速力で運転しているジローは前を向いたまま訊ねた。

「こっちは大丈夫。悪いが親父の家へ向かってもらえますか!」

「はい、今向かってます」

「たった今連絡があって、大型ベシが庭に入って来たそうなんです!」

「えっ、クソッ!間に合うか?」

「ジロー兄ちゃん!次の交差点右に曲がったら直ぐだよ!」

「よし、ウウッ、間に合ってくれ!」

交差点が近付いてきたので少しスピードを緩めたジローの目が前方の黒い物体を捉えた。

「ベシだ!でっ、でかい!」

前回闘ったベシはモグラ程の大きさだったが、今前方に居るやつは中型犬程もある。

「成る程こんなやつに血を吸われたらたまんない」

急ブレーキで止まったジロー達とベシが20メートル程の距離で数秒睨み合った。

突然

「ベーーーーーーンッ!」

ベシが強烈な叫び声を発した。

「グッ!」

また全身の筋肉が一瞬収縮するような感覚に襲われた。小型ベシと違ってイヤープラグが全く効かない程強力な声だと聞かされていた割には大した事はないなと感じた。それともこちらに抵抗力が付いたのだろうか?

「大丈夫?ユキナちゃん!」

少し朦朧としていたユキナが

「アッ、うん。大丈夫!凄ーい!イヤープラグも着けて無いのに!」

「よし!こんな所でグズグズしてられない!しっかり掴まってて!」

一度カラ吹かしをし、ギアをローに入れベシに突進した。焦ったベシが立て続けに叫び声を発した。

「ベーーーーーーンッ!ベーーーーーーンッ!」

構わず突っ込むジロー。

「ドン」

鈍い音を残し5メートル程吹っ飛んだベシは気を失ったようだ。なんとか転倒せずにバイクを立て直したジローは交差点を右折しコーダの家に急いだ。

 

「お爺ちゃーん!お婆ちゃーん!」

デンテに向かってユキナが呼び掛ける。が、応答が無い。前方に小さくコーダの家が見えて来た。

「フォルテ!」

とジローが叫び、片手で肩をポンポンと叩く。

「ミュ!」

デイパックに身体半分入っていたフォルテがジローの肩に移動した。

「ジロー兄ちゃん、窓が!」

ベシが飛び込んだのであろうか、あるいは強烈な叫び声で破壊されたのだろうか、窓がメチャメチャになっていた。

「玄関は鍵かかってるだろうから、このまま庭に突っ込む!」

段差で大きく弾みながらも庭に乗り入れたバイクを止めると同時に

「よし!フォルテ行け!」

「ミュ!」

その鳴き声が聞こえた瞬間にフォルテの姿は窓の内側に消えていた。バイクから飛び降りたユキナとジローが窓に駆け寄る。

「ベーーーーーーンッ!」

「ミャアーーー!」

「ベーーーーーーンッ!」「ベーーーーーーンッ!」

中からベシとフォルテの凄まじい声が聞こえている。

勢いをつけて頭から飛び込んだジローが、バイク用のグローブで残った窓枠やガラスの破片を払い除け、ユキナを引っ張り込む。ガラスで切ったのだろう、ジローの肩が血で赤く染まった。しかし次の瞬間傷はあとかたもなく消えてしまった。

 

フォルテが3匹のベシを相手に目にも止まらぬ早さで顔を引っ掻いては離れ、足首に噛み付いては離れ、必死に闘っている。残りの5匹は奥の食品庫のドアに体当たりしていた。

「よかった!間に合った!」

おそらくコーダとセーニョは食品庫の中で硬直して動けないでいるのだろう、もしかしたら気を失っているかも。とジローは思った。窓から飛び込んで来たジローとユキナに気付いたベシ達が一斉に叫んだ。

「ベーーーーーーンッ!」「ベベーーーーーンッ!」「ベーーーーーーンッ!」

ジローとフォルテはもう全然平気だったが、ユキナは一瞬動きが止まる。

「ユキナちゃん!」

「うん、大丈夫」

「とにかくこいつらを家の外に追い出さなくちゃ」

ジローとユキナは近くの椅子を盾にして、ベシに突進して行った。

 

第ニ部 第八章に続く


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