第ニ部 第九章
「途中ベシに出くわしませんように、、、」
そう願いながらジローは慎重にバイクを運転した。コーダの家に向かっていた時、ベシと出くわしてバイクをぶつけて気絶させた交差点を曲がったが、そのベシは意識が戻って逃げて行ったのか、何処にも姿が見えなくなっていた。一応台車にはブレーキ代わりに木を縛り付けたが、やはり交差点やカーブの度に極力スピードを落とさなくちゃいけないので、40分程かかってやっとユキナの家に到着した。
バイクの音で判ったのだろう、直ぐに玄関のドアが開きジロー達は中へ駆け込んだ。
「お父さん、お母さん!」
「ユキナ!良かった!無事に戻れたね!」
オブリとマルカがユキナを抱きしめた。
「ジローさん!ありがとう」
「私達の我が儘なお願いを聞いて戻って来て頂き、直ぐに親父達を救い出してくれて、何とお礼を言ってよいか、、、」
「アハッ、間に合って良かったです」
「フォルテ君もありがとうね」
「ミュウ」
「フォルテ大活躍だったんだよう」
「いやあ、わしらは食料庫の中で硬直しとったが意識はあったからリビングの様子は音で想像できたが、凄いもんじゃったあ」
マルカがジローのシャツに付いた血を見て
「大変!怪我したんですね。手当てしなくちゃ」
と言って薬を取りに行こうとした。
「あっ、大丈夫です。薬必要ないです」
「えっ、でも」
「何故か2、3秒で治っちゃうんです。傷跡も残らないんです」
と言ってボタンを一つはずし、肩を見せた。
「凄ーい、ジロー兄ちゃん!傷が全然なーい」
「ウッホッー、ほんとじゃ。こりゃたまげた!」
「こちらの世界と僕達の世界を行き来する度に治り方が早くなるんです」
「フォルテも凄いんだよお、見えないくらい速く動けるんだよお!」
「ミュ」
「さっきも半分はフォルテがやっつけてくれました」
「ハッハアー、こいつは心強いわ」
「さあさ、みなさん向こうで休んでください。疲れたでしょう」
マルカが冷たい飲み物を持って来て皆を促した。
ジローとユキナはさすがに咽が乾いていたのだろう、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「ジローさん、シャワーでも浴びて血の付いたシャツを着替えられたら?」
「ありがとうございます。でも少し休んだらコーダさんの家で気絶しているベシを救急隊の本部に運ぼうかと思ってるんです」
「そうじゃ、それがいい。大型ベシを研究してもらって、早く対策を立ててもらわなくちゃじゃ。家から一歩もでられんわい」
「ええ、さっきの様子じゃ、補強してないドアは体当たりを繰り返して壊してしまう感じでしたから急がなくては」
「しかしその為には山を越えなくちゃですね」
「峠を越えさえすれば山の向こう側には救急隊がたくさん待機してるはずです」
「ああ、何故かこの盆地の中だけ車が浮かないんじゃ」
「台車を引っ張ってると走りにくいし時間もかかるから、僕とフォルテだけで行きます」
「ええー?ユキナも行くよお!」
「でもリアシートにベシを縛り付けて運ぶから、無理なんだユキナちゃん」
「でもーー、、、」
ユキナも状況はよく判っているのでそれ以上は言えなかった。
「コーダさんの家から峠までの道を教えてもらえるでしょうか?」
オブリが
「親父の家からマーケットまでは解りますか?」
「ええ、大丈夫です」
「マーケットを過ぎたら三つ目の交差点を右折して、後はまっすぐ行けば峠です」
「解りました。じゃあ行きます。フォルテ」
フォルテがジローの肩に移動する姿を誰も見る事が出来なかった。
「ウッホー、凄まじい速さじゃ!」
「ほんとに。ぜんぜん見えませんでしたよ!」
「ミュ」
「デイパックで少し休んでな」
フォルテが背中のデイパックに入り込むと
「ユキナちゃん、台車取り外すの手伝ってくれる?」
「うん」
表に出ると辺りを伺いながら台車を外した。
「ご免ねユキナちゃん」
「うん、ユキナ一緒に行きたいけど我慢する。ジロー兄ちゃん、峠の近く気を付けて!
なんだか凄く危険な感じがするの」
「そう、峠の近くね。判った」
みんなが玄関のドアを開け手を振っている。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてな!」
「はい!」
不安に包まれ泣き出しそうなユキナに見送られバイクを発進させたジローであった。
「峠の近くか、でも行くっきゃないよなフォルテ」
「ミュウ」
第ニ部 第十章に続く